ひとり会議

新しい意識をそっと伝えるブログ

2018年手帳の振り返りと2019年の手帳

去年(2017年)の年末に買った手帳について記事を書きました。

www.hitorikaigi.net

さて、1年どのように使ったか振り返ってみましょう。

今年は4月に出産したので、あまり使いこなせてませんが…。

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『星ダイアリー』は日記帳として活用しました。

左ページに日記、右ページにtodoリストや本の抜粋、日記では書ききれない想いなど、

たくさんスペースがあるので非常に重宝しました。

一方、『わたしの手帖』は全く活用できず…。

はじめは家計簿代わりに使ったお金をメモってたのですが、

出産後はしばらく買い物に行かなかったので手帖開かず。

ワークもできずそのままフェードアウト…。

もったいない…。

 

さて、2019年の手帳は『わたしの手帖』改め『わたしのきんいろ手帖』一本にしました。

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これに日記をつけよう。

書ききれないことはマイ肯定文のページに書こう。

12月からすでに日記を書きはじめてます。

紙がちょっと薄いので裏写りするのが難点ですね。

内容が濃いのに、コンパクトなサイズで収まっているので仕方ないでしょう。

そしてお楽しみはこちら。

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付録編の冊子です。

この中に収録されている「わたしと出会うためのブックリスト」がかなりキテル。

服部みれいさんおよびマーマーマガジンの原料(?)が惜しげもなく記されてます!

2019年版をみると、きちんとバージョンアップされていてうれしい。

書店の現場を離れ、本屋にもなかなか行けず、読みたい本がなかなか見つからない現在。

2018年はこのリストと服部みれいさんの「声のメルマガ」にかなり影響を受けました。

来年もブックリスト、大いに参考にさせていただきます。

 

いい人であることの違和感─吉本ばなな『「違うこと」をしないこと』

吉本ばななさんの『「違うこと」をしないこと』、よい本でした! 

『「違うこと」をしないこと』って言葉遊びのようだけど、

単純に言えば「自分に合うことしかしない」だけど、自分に合うことって分からない。

だから「違うこと」はしないってところがいい。

「違うこと」とは本書から抜き出すと

・違和感

・気を使うこと

・我慢すること

・感情を溜めちゃうこと

なのかな?

「なんとなくこの人嫌だな」とか「なんか今日の服は気に入らないな」って思うことありますよね?

「違うこと」は他人からしたらどうでもいい些細なこと。

だからこそ、大切なのだ。

今まで「違うこと」を相当無視してたように思う。

「しょうがない」「すぐ慣れるだろう」「みんなやってるし」とか言い訳をして。

 

「違うこと」を無視すると確実に自分は傷ついていって、

それが積み重なると心が蝕まれ、やがて壊れてしまうのだそう!

なんと!

私、もう手遅れかも…。

だって「いい人であること」「場の空気を読んで気を使うこと」が当たり前のようにからだに染み付いているもの。

「いい人であること」は本当に自分らしいのだろうか…。

よく考えたら「ひとりでいるのが恥ずかしい」「見返りがほしい」みたいな裏があるかも。

うーん、違和感通り越して気持ち悪いな。

 

だから自分の「違うこと」をキャッチしよう。

そして「違和感」から自分を解いていこう。

そっちの方が楽に生きられるし、そういうのが今後もっと重要になる気がする。

 

ノスタルジーとカタルシス─『岡崎に捧ぐ』

岡崎に捧ぐ』がついに完結してしまった。

意外かもしれないが、好きなマンガトップ10に入るマンガと言ってもいいくらい。

「好き」というのは必ずしも「何度も読む」とは別として。

岡崎に捧ぐ』は山本さほさん(著者)が親友の岡崎さんとの出会いから現在までを描いたものだ。

だから岡崎さん=山本さんの自叙伝のようになっている。

山本さんは当初、岡崎さんのことを「クラスで一番仲良くなりたくない人」だと思っていた(笑)。

ところが岡崎さんの家に遊びに行ったらフリーダムすぎて居心地よく、以後毎日入り浸ることになる。

岡崎さんは山本さんのことを本当に大好きで、その愛は怖いくらいだった。

実際、山本さんは『岡崎に捧ぐ』を読めば分かるように、遊びの範疇を逸脱した天才だった。

校舎内に秘密基地をつくったり、「キムタクゲーム」なるものをクラス中に流行らせたり、

よくもこんなに出てくるなーという感じだけど、

岡崎に捧ぐ』で描かれている「あの頃」は自由でキラキラ輝いている。

懐かしくも切なくて、なんともいえずうっとりしてしまうのであった。

私も小学校のときゲームが好き過ぎて、「学校からいち早く家に帰ってゲームがしたい」感覚を思い出したりした。

高校生編あたりから、雲行きが少し変わり、

高校受験に失敗し、岡崎さんと離れ離れになり、打ち解ける友達もいない高校生活。

そして美大受験に失敗。

フリーターになったり、なんとなく専門学校に行ったり、

スターだった山本さんは「なにものでもない者」になった。

このマンガは岡崎さんをはじめ、変な人がたくさん登場するけども、

なぜ山本さんは大人になっても、なかなか出合えないであろう変な人ばかり引き寄せてしまうのか。

きっと山本さんは普通の人になりたいを願っていたのだろうけど、本質が「変な人」だからに違いない。

運の悪さに思わず笑ってしまう。

昔は何でもできたのに、大人になるとしがらみだらけで、自分を好きになれない山本さんをまるで自分のようだと思ってしまう。

だから3・4巻は読んでてつらかった。

でもこの時代がないと、『岡崎を捧ぐ』をこんなに好きになることはなかっただろう。

最終巻の5巻では山本さんも岡崎さんも人生が思わぬ方向に進み、「物語の終わり」にうまく着地する。

 『岡崎を捧ぐ』は、岡崎さんと同じくらい、「あの頃の自分」に捧ぐ感じがする。

「あの頃」も「なにものでもない日々」も、変な人たちも『岡崎に捧ぐ』に描かれることでようやく輝くことができた。

それがくだらなければくだらないほど美しいのだ。

 

ジムメリーを100均商品でDIYしてみた

 

ムスメは今6ヶ月。

布団に寝かすとすぐに寝返りします。

寝返りはできても、元には戻れません。

授乳後、寝返りをするとミルクを吐き戻してしまいます。

寝返り阻止のため、横にぬいぐるみを置いたり、おもちゃを与えたりするも、いつも負けるむなしい戦い。

そこで欲しくなったのが「ジムメリー」。

↓ こういうのですね。

しかし、おすわりができると使わなくなるのだそう。

あと2、3ヶ月のために買うのももったいないなーということで、自作することに。

材料はこちら。

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セリアで購入。

クラフト製のラックをつくる部品です。

芯は6本ありますが、使うのは5本です。

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このように組み立てたら、

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芯にお手持ちのおもちゃをひもで吊るして完成。

所要時間10分。

費用は400円でした。

よく言えば無印良品に売ってそうなシンプルさ…

赤ちゃんと芯までの距離が短いのでひもは短めにしてください。

吊るすおもちゃは音が鳴ったり、握れるものがおすすめです。

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好評のようです。

難点は軽すぎるので、気づいたら足で移動されてたり、バラバラに分解されていることがあることでしょうか…

それでも、少しは目を離せるので安心です。

半身浴しながら読書して、ひとときのひとり時間を楽しめるようになりました。

 

出目金の暗躍─『A子さんの恋人』5巻を読んで

『A子さんの恋人』の5巻が出ましたね。

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私は気軽に書店に行けない状態(子育て中)なので、大事をとって近くの書店で予約しました。

というのも、『A子さんの恋人』のレーベル「ハルタコミック」は「書籍扱いコミック」なのです。

実際の発売日よりも大・幅・に(←ここ重要!)前倒しすることが多々あり、発売日に書店に行くと売り切れということもありえるからです。

(この辺の話は『ガイコツ書店員 本田さん』を読んでいただけると理解が深まりますよ)

 

前置きが長くなりましたが、『A子さんの恋人』5巻読みました。

黒出目金、A子さんのデビュー作、様々な伏線が集約されていく快感…。

友人のK子、U子にも進展があり、あとは「A子さんがA太郎とA君どちらをとるか問題」に向かって進むのみ。

いよいよ佳境です。

(見返したら、まったく同じ文言4巻の感想で書いてました(笑))

 

いや、やっぱりこのマンガは小道具の使い方がうまい。

表面上はアラサーがただダベっているだけなのに奥が深いなぁ。

黒出目金は1巻でA太郎がA子さんに渡すために買ったものでした。

それが、U子、K子、I子へ回り、5巻でようやくA子さんの家へ。

しかもA子さんの家に出目金がいるのを目にして、A君は何かを察しアメリカから日本へ行く決意をする。

出目金どんだけ重要なんだという…。

 

出目金や「A子さんの恋人」問題以外にも保留なものがあります。

5巻に出てきただけでもA子さんの実家の部屋、A太郎の家の押し入れとか(が表面化して解決していく)。

学生時代にA子が忘れた課題の絵も宙ぶらりんで、結局A太郎が押し入れに大事に持ってたんだっけ。

 

この物語の結末は、A子さんが①A君を選ぶ、②A太郎を選ぶのどちらかのはずです。

けれども私は、本編でちょいちょい出てくる③どちらも捨てないままうまくまとめる、案が有力かなと思っています。

物ごとをすべて白黒させることが必ず正しいこともないし、世の中には保留の宙ぶらりんものがどれだけ多いか。

恋人が2人いるのは問題ですけどね!

ともあれ「どちらも捨てないままうまくまとめる」結末はどんなものだろう。

A太郎が「えいこちゃんみたいになりたい」と言い、マンガを描いてみたりしたこと。

A子さんとA太郎の過去が鍵になりそう。

 

「半分、青い。」は新しい時代の朝ドラだった

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4月から欠かさず観ていた「半分、青い。」が終わった。

こんなに熱心に観た朝ドラは「あまちゃん」以来になる。

不思議なことに「半青ロス」になるというよりは、ドラマが終わったことにホッとしている自分がいる。

半分、青い。」ってジェットコースターみたいだった。

 

鈴愛&律誕生、幼少時代から漫画家編、大納言(100円ショップ)編から結婚、出産。

離婚からの出戻り、センキチカフェ(実家の食堂2号店)立ち上げ。

再び上京、ひとりメーカー立ち上げから、律と「スパロウリズム」を立ち上げ、

東日本大震災、そして「そよ風ファン」(マザー)完成…。

あらすじを拾うとこんな感じの40年間。

特に出戻ってからの展開の早いこと…!

っていうか東日本大震災が起こったの、最終回の1週間前だよ?

「おいおい、収拾するんか?!」って叫んじゃったよ!

 

普通の人は大きな決断をするとき、悩む。

それは(自分がどうしたいよりも)家族はどう思うか、世間体的にどうなのかってことで悩む。

鈴愛の人生は一見、突拍子がない。常識もない。

人生を変えるチャンスが巡ってきたとき、躊躇せずに乗ってみちゃう。

その変わり身の早さったらすごい。

他人がどう思うかなんて関係ない。

鈴愛はいつだって自分がどうしたいかを1番に考えていた。

このドラマ、賛否両論みたいだったけど、私は鈴愛の生き方にすごく勇気をもらった。

 

私たちは他人がどう思うかを必要以上に気にしすぎている。

古い価値観や常識で行動することは、これから大きなチャンスを逃してしまう。

なぜなら今後は古い価値観や常識では計れない時代になるのだから。

他人軸でなく、自分軸で行動する。

そんなことが、これからますます必要になるんじゃないかと思う。

…ってなことをNHKが言うなんて、もう新しい時代にとっくに入っているのかしら。

 

スピリチュアルが怪しいと感じる人へ─『スピリチュアルかあさん』

 

ホ・オポノポノ、アファメーション、Oリング…。

これらは私が最近やっているスピリチュアル的なもの。

以前はスピリチュアルというと、怪しいとかうさんくさいイメージがあった。

 

頭で考えるよりも潜在意識や身体はすでに進むべき答えを知っている。

言葉が現実を引き寄せる。

これって真実だと最近よく思う!

気がつけば毛嫌いしていたスピリチュアルが身近になっている。

スピリチュアルがときに宗教と結びついているのが毛嫌いの原因か…?

 

スピリチュアルに少し興味が出たけれど、この世界に飛び込むのには躊躇する。

『スピリチュアルかあさん』はそんなときの入門編としてよさそう。

たくさんのスピリチュアルな著書のほか、前世療法やワークショップをしている大野百合子さんの娘の舞さんが描かれたマンガ。

ナチュラルに「チャネリング」や「幽体離脱」「座敷童」が出てくるちょっと変わった日常が描かれている。

舞さんもちょっとおかしいなと思いながらも自然とスピっていくからおもしろい。

百合子さん自身もかなりおっちょこちょいで笑える。

『スピリチュアルかあさん』は3作ありますが1作目がスピリチュアルを幅広く紹介していて分かりやすい。

 

中でも印象的だったのは、舞さんのお父さん(すなわち百合子さんの夫)であるしげるさんのスピリチュアルの立ち位置だ。

百合子さんのスピりからは肯定も否定もせずちょっと離れて見守っている。

しげるさんはスピリチュアルはサンタクロースのようなものと例えていた。

「本当かどうかじゃなくてないよりある

いないよりいると思って生きる世界の方が楽しいじゃないか」

 

信じるか信じないかは人それぞれ。

信じていない人が「サンタクロースの正体」を信じる人に言ってしまうのはとても「野暮」なことです。

おもしろそうだから信じる。

ただそれだけでいいじゃないか。

私自身、霊感も何もありませんが、

満員電車で座りたいとき、なくしたものを見つけたいとき、そっと天使にお願いしてみれば、願いが叶うかも。

ってスピリチュアルってそんな簡単なものなのかい!

周りの目とか気にせずにスピリチュアルが怪しいと思い込みを外してみれば、世界はもっと楽しくなるような気がする。

 

*本屋さんをはじめました*

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